社長、その溺愛は計算外です
桐原さんは言った。会議室での私を見て「十分だ」と。厳しく指摘し、妥協を許さない私を。
それでも──いや、だからこそ。
窓の外で、街灯が優しく光っている。
九月の夜は深まっていくけれど、私の心は不思議と温かかった。
来週、彼に会える。その事実が、私をこんなにも落ち着かなくさせている。
ベッドに横になり、目を閉じると、彼の不器用な表情が浮かんでくる。
言葉を探すように一瞬だけ黙った、あのぎこちない間。
『今度、お時間があるときに……』
あの言葉の続きを、聞いてみたい。
長い間、誰にも見せることのなかった本当の自分を──彼になら、見せられるかもしれない。
そんな期待が、静かに芽生え始めていた。
そのとき、スマホが震えた。
桐原さんからメッセージ。
【無事に帰れましたか。
それと、先ほどの言葉、撤回する気はありません】
……え?
息が、止まった。
【君を、僕のものにするつもりです】
「……っ」
ビジネスメールのような端正な文体なのに、綴られているのは、暴君のような独占欲。
画面を見つめたまま、息ができなくなる。
心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。
こんな気持ち、婚活マニュアルのどこにも書いていなかった。
──私が積み上げてきた計算式に、彼は最初から存在しなかった。
なのに今、その計算式ごと塗り替えられていく気がした。