社長、その溺愛は計算外です
「……本当ですか?」
「ああ。怖いかもしれないけれど」
「怖いです」
圭佑さんが、少し間を置いた。
「俺も怖い」
「え?」
「君のお父さんに、ご挨拶に伺う時のことを考えると」
「……それは、まだ先の話ですよ」
「でも、覚悟しておかないと」
「そんなに心配しなくても」
「心配する。梓の家族に、嫌われたくない」
その正直な言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「でも、大丈夫。梓がいるから」
「……それは私のセリフです」
「それもそうか」
圭佑さんが、目を細めて笑った。
私はスマホを取り出して、春菜にメッセージを送った。
【春菜
彼と、ちゃんと向き合えた。
もう逃げない。
報告は、また今度ね。】
すぐに返信が来た。
【よかった。
梓が梓らしくいられる人と、ずっといてね。】
画面を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。
梓らしくいられる人と。
それが、圭佑さんだと──もう迷わなかった。
私はスマホを閉じた。
そして、圭佑さんの肩にそっと頭を預けた。
「……寝てもいいですか」
「どうぞ」
肩が温かかった。
目を閉じると、ふと過去の約束を思い出した。
「お弁当を作ってきましょうか」と言った時、圭佑さんが「嬉しいです、ぜひ」と答えた。
まだ、果たしていない約束がある。
それが少し嬉しかった。まだ、この人との間に続きがある、ということが。
窓の外を、街が流れていく。
この街のどこかで、麗華さんも、新しい答えを探し始めているだろうか。
目を閉じたまま、今日一日のことが、ゆっくりと流れていった。
逃げるのをやめた日のことを、きっとずっと覚えているだろう。