社長、その溺愛は計算外です
実家の最寄り駅を降りて、商店街を抜けると、見慣れた一軒家が見えてきた。築年数は経っているけれど、清潔感がある。
「ここです」
私が言うと、圭佑さんが一度だけ足を止めた。
彼が何を思っているのか、横顔からは読めなかった。ただ、その目が、この家を受け取っているように見えた。
「大丈夫ですよ」
「そうだな」
深く一呼吸して、彼は歩き出した。
インターホンを押す前に、玄関のドアが内側から開いた。
「来た来た! 梓、久しぶり!」
母が、エプロン姿で飛び出してきた。
五十代半ば、小柄で明るい。私とは正反対の、感情が顔に出るタイプだ。
油の匂い、出汁の香り、少し湿った空気。全部が、懐かしかった。
「……ただいま」
「圭佑さん、ですよね。梓からいつも話を聞いてましたよ。さあ、どうぞ上がって」
矢継ぎ早に言いながら、母が私たちを招き入れる。
「桐原圭佑と申します。梓さんのことを、大切にしたいと思っています。本日は、お時間をいただきありがとうございます」
圭佑さんが、深々と頭を下げた。
その姿を見た瞬間、胸が締めつけられた。
この人が、私の世界に立っている。その事実が、急に現実味を帯びた。