社長、その溺愛は計算外です
「まあ、丁寧な方ね」
母が小声で私に言った。
「お母さん、聞こえてるよ」
「聞こえてもいいわよ。本当のことだから」
廊下を進むと、リビングのドアが開いていた。
父が、テレビを見ながら座っていた。
六十代前半。がっしりとした体格で、寡黙な人だ。定年まで工場で働き続けた、不器用で真面目な人。
私が仕事に一生懸命になるのは、父に似たのだと、いつからか思っている。
「お父さん、ただいま」
「ああ」
父が、圭佑さんを見た。
鋭い目だった。
彼の本質を見極めようとするような、確かめるような目。
「桐原圭佑と申します。梓さんと、将来を見据えてお付き合いさせていただいています。お父様に直接お会いしてお話したく、本日は伺いました」
圭佑さんが、父の目を見て、はっきりと言った。
父は、しばらく黙っていた。
「座ってくれ」
それだけ言って、お茶を一口飲んだ。
母が「もう、お父さんったら」と苦笑いしながら、圭佑さんに座布団を勧めた。
◇
しばらく、当たり障りのない話が続いた。
母は圭佑さんに次々と話しかけ、圭佑さんは丁寧に答え続けた。
「圭佑さん、趣味は何ですか」
「ロードバイクです」
その時、父が初めて自分から口を開いた。