社長、その溺愛は計算外です
『ちゃんと飲みましたか?』
「飲みました」
『水分補給は、集中力の維持に有効です。作業効率が上がると思います』
「……桐原さん、それは心配しているんですか、それとも分析しているんですか」
一瞬の間。
『……両方です』
真顔で返ってきた答えに、口元がゆるんだ。
この人は本当に、自分が今どんな顔をしているか、分かっていないのだろう。
◇
深夜一時を過ぎた頃、ようやく大きな進展があった。
「できました! エラーが消えました」
『確認させてください』
私は共有画面のまま、テストを実行する。決済画面への遷移、情報の入力、最終確認──全てがスムーズに進んだ。
「成功です!」
『……良かった』
短い、でも確かな安堵の声だった。
肩の力がすとんと抜けた。
まだ油断はできない。全体的な動作確認と、複数パターンでのテストが必要だ。
作業を続けながら、私たちは時々、他愛もない言葉を交わした。
『……新谷さん』
「はい?」
『今度、一緒に食事に行きませんか。仕事とは関係なく』
声が、耳から離れなかった。
「……はい。ぜひ」
『良かった』
彼の安堵した声が聞こえた。
『君と、もっとゆっくり話がしたいんです』
「私も……です」
通話越しに、二人で微笑み合った。
深夜二時を過ぎた頃、桐原さんが言った。
『新谷さん、少し休憩しませんか』
「いえ、まだ……」
『新谷さん』
静かに、けれど有無を言わせない響きがあった。
『十五分だけでいいから、休んでください』