社長、その溺愛は計算外です

私が『沖縄離島ガイド』を棚に戻そうとした時、桐原さんが言った。

「よければ、買いませんか。来年こそ実行してください」

押しつけがましくない、確かな気遣い。

私は少し迷ってから、本を購入することにした。

この人は、私が言わなかったことを、ちゃんと聞いていた。「いつか行きたい」という言葉の奥にある、小さな諦めを。



書店を出ると、九月の夜風が頬を撫でた。

「こちらです」

圭佑さんが、歩き出す。

自然に、私の外側を歩いていた。車道側に。それが当たり前のような、ごく自然な立ち位置だった。

きっと本人は、何も考えていない。なのに、そういうところがいちいち胸に引っかかる。

「桐原さん」

「はい」

「この辺は、よく来るんですか」

「ここ数年は、仕事が中心で。あまり、ゆっくりしたことはないですね」

「仕事以外の時間は、どう過ごすことが多いんですか」

「休日はロードバイクか、書店か」

「書店ですか」

「行き詰まった時に、なぜか入ってしまう。解決策があるわけじゃないんですが」

「分かります。私も同じです」

「そうでしたね」

圭佑さんが、前を向いたまま言った。

「今日、新谷さんが旅行コーナーにいるのを見た時、意外だと思いました」

「意外、ですか?」
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