社長、その溺愛は計算外です
私が『沖縄離島ガイド』を棚に戻そうとした時、桐原さんが言った。
「よければ、買いませんか。来年こそ実行してください」
押しつけがましくない、確かな気遣い。
私は少し迷ってから、本を購入することにした。
この人は、私が言わなかったことを、ちゃんと聞いていた。「いつか行きたい」という言葉の奥にある、小さな諦めを。
◇
書店を出ると、九月の夜風が頬を撫でた。
「こちらです」
圭佑さんが、歩き出す。
自然に、私の外側を歩いていた。車道側に。それが当たり前のような、ごく自然な立ち位置だった。
きっと本人は、何も考えていない。なのに、そういうところがいちいち胸に引っかかる。
「桐原さん」
「はい」
「この辺は、よく来るんですか」
「ここ数年は、仕事が中心で。あまり、ゆっくりしたことはないですね」
「仕事以外の時間は、どう過ごすことが多いんですか」
「休日はロードバイクか、書店か」
「書店ですか」
「行き詰まった時に、なぜか入ってしまう。解決策があるわけじゃないんですが」
「分かります。私も同じです」
「そうでしたね」
圭佑さんが、前を向いたまま言った。
「今日、新谷さんが旅行コーナーにいるのを見た時、意外だと思いました」
「意外、ですか?」