社長、その溺愛は計算外です
「クレセント・ムーン……三日月、ですか?」
私の問いに、桐原さんが少しだけ目を細めた。
「ええ。満月よりも、これくらいの光の方が、本音を話しやすい気がしませんか」
ドアを開けると、隠れ家のような落ち着いた空間が広がっていた。間接照明が店内を柔らかく照らし、ジャズの静かなメロディが流れている。
案内された席に向かい合って座ると、彼との距離がぐっと近くなる。テーブルを挟んでも、手を伸ばせば届きそうな距離だ。
「お飲み物は?」
「白ワインをいただけますか」
「僕は、スコッチのハイボールで」
飲み物が届いた後、私たちは軽く乾杯した。グラスが触れ合う、小さな音が響く。
「あの……先日は、本当にありがとうございました」
「いえ、お身体は大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまで。桐原さんがいてくださったから、乗り越えられました」
しばらく、他愛もない話が続いた。ロードバイクのこと、私のひとり旅のこと。
そして、自然な流れで仕事の話になった。
「新谷さんは、クライアントとの関係において、どんなことを大切にされていますか」
「誠実さ、でしょうか」
私は即答した。
「たとえ耳の痛いことでも、事実をきちんと伝える。スケジュールが遅れるなら遅れると、早い段階で報告する。それがクライアントの信頼につながると思っています」
「なるほど」
桐原さんが頷く。
「ただ、それが正しいとは限らない場合もありますよね」
その言葉に、私はグラスを置いた。
「どういう意味ですか?」