社長、その溺愛は計算外です
「クライアントは、誠実な報告よりも『結果』を求めているケースが多い。問題を正直に伝えることよりも、どう解決したかを先に示す。そのスピード感が、信頼になることもある」
彼の言葉は穏やかだったが、内容は私の仕事哲学への真っ向反論だった。
「それは、誤魔化しに繋がりませんか」
私は声のトーンを保ちながら、真剣に返した。
「問題を後から知ったクライアントは、もっと傷つく。最初から正直に向き合うほうが、長期的な信頼関係を築けると私は思っています」
「誠実さを盾に、スピードを犠牲にしている可能性は?」
彼の低い声が、私の芯を刺す。
「それは、プロとしての『逃げ』ではないですか?」
その言葉が、一瞬だけ刺さった。
仕事相手に、ここまで言い合っていいのか。
頭のどこかで、警告が鳴る。
それでも──逃げたくなかった。この人に、逃げたと思われたくなかった。
ワイングラスを持つ手をテーブルにそっと置き、彼の瞳を見つめ返す。
「では、逆に聞きますが。スピードを優先した結果、本質を見失ったケースを、桐原さんは経験されたことはありませんか?」
「……」
「スピードで得た信頼は、一瞬のミスで崩れます。誠実さで積み上げた信頼は、そう簡単には揺らがない。私はそう信じています」
二人の視線が、正面からぶつかり合った。
逃げ場のない熱を帯びた沈黙に、喉の奥が乾くのを感じた。
テーブルの下で、握りしめた手にうっすらと汗が滲む。