社長、その溺愛は計算外です

桐原圭佑。

先月から私たちが手がけている、彼の会社の企業プロモーション案件で、何度も会議を重ねている相手だ。

経済誌で『三十代で最も注目される経営者』として紹介されている彼は、この場にいるどの男性とも一線を画していた。

仕立ての良いダークグレーのスリーピーススーツ。百八十センチを超える長身に、短く整えられた黒髪、彫刻のように整った顔立ち。

手首のスイス製腕時計が会場の灯りを静かに跳ね返し、グラスを回す指先一つにまで気品が宿っている。

だが、今の私が息を呑んだのは、そのどれでもなかった。

会議室で見せる冷徹な氷の瞳ではない。獲物を見定めているかのような、濃密な光を宿した目で──こちらを、まっすぐに見ている。

最悪だ……。よりによって仕事相手に、婚活に必死な姿を見られるなんて……!

私は慌てて目を逸らし、自己紹介を切り上げた。



「次は、男性の方の自己紹介です」

司会者の声で、男性たちが順に前に出る。

そして、彼が立ち上がった瞬間、場の空気が変わった。

「桐原圭佑、三十二歳。IT企業の代表をしています」

低く落ち着いた声が、広い会場をすっと満たす。

「……今日は、ここへ来れば『大切なもの』が見つかると直感し、参加しました」

眼差しが、私に向く。

「……まさか、本当に見つかるとは思っていませんでしたが」

その瞬間、彼はほんのわずかだけ私の方を見て、口角を上げた。

他の誰にも気づかれない、私だけを射抜くような鋭い微笑み。

「……っ!」

会場の女性たちが一斉に色めき立つ。周囲の興奮を余所に、彼のまなざしは──震える私の指先に、静かに注がれていた。

──なぜ、あの人がここに?

あれほどの男性が、こんなパーティーに足を運ぶ必要はないはずだ。しかも、まるで最初から目的があったかのように。

あの「直感」という言葉の裏に、何かが隠れているような気がして──その疑問が、頭の片隅でじりじりと(くすぶ)り続けた。
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