社長、その溺愛は計算外です

パーティーの間中、桐原社長と話す勇気は持てなかった。

代わりに、別のテーブルの男性から話しかけられ、無難な会話をこなした。

それでも気になって、視線だけで彼を追いかけてしまう自分に気づき、私は静かに苦笑した。

他の女性たちに囲まれ、淡々と応対する桐原社長。誰と話しながらも、どこか義務的だった。

ビジネスの会食で取引先と応対するときと同じ、熱のない微笑み。

ところが時折、グラスを持つ手が止まる。そのたびに、こちらに意識が向いている気がした。

……気のせい、だよね?

──三週間前、初めての打ち合わせを思い出す。

『このスケジュール、現実的ではありません』

私が指摘すると、彼は冷たく言い放った。

『では、どうすれば実現可能になるのか、対案を出してください』

周囲が凍りついた。隣に座っていた女性の先輩が、テーブルの下で私の膝をそっと押さえるのが分かった。

「余計なことを言うな」という無言のサインだ。けれど、私は怯まなかった。

『リソースを二割増やし、フェーズを三段階に分ければ可能です』

資料を差し出すと、室内が水を打ったように静まり返った。

彼は数秒、書類に視線を落とし──初めて、小さく頷いた。

『……面白い。その案で進めましょう』

あの時の彼の目には、値踏みするような鋭さと、ほんの少しだけ、興味の色が混じっていた。

そして先週の打ち合わせ後、エレベーターを待つ廊下でふと彼が呟いたのを、私は聞いてしまった。

『……仕事だけじゃ、埋まらないものがある』

独り言のような声だった。誰かに聞かせるつもりのない言葉。

私が振り返る前に、彼はもう無表情を取り戻していた。

きっと、あの人も……私と同じように、誰かを求めてここにいるんだ。

そう気づいた瞬間、今まで感じたことのない親近感が湧き上がってきた。

完璧な社長として君臨する彼も、本当は一人なのかもしれない。

その孤独が、遠くからでも伝わってくるような気がした。
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