社長、その溺愛は計算外です
「……失礼しました。余計な質問でした」
少し間があってから、彼は我に返ったように言った。
「ただ──君を傷つけた男を、どうしようもなく許せないと思ってしまって」
「もう、過去の人です。今は、何の感情もありません」
私の答えを聞いて、桐原さんの表情がようやく和らいだ。
「……そうですか。それなら、良かった」
ほっとしたように息を吐くと、テーブルの下で彼の手がそっと私の手に触れた。躊躇いがちだけど、確かに。
「新谷さん」
「はい」
「もっと……親しくお呼びしてもいいでしょうか? 梓さん、と」
その一言で、胸の奥の空気が、すっと入れ替わるような感覚がした。
「はい……」
私は頷いた。
「私も、圭佑さんとお呼びしても?」
勇気を出して言った言葉に、彼の表情が明るくなる。
「もちろんです」
彼が微笑んだ。その笑顔は、今まで見た中で一番温かかった。
◇
「梓さん」
圭佑さんが、改めて私の名前を呼んだ。その呼び方が、まだ少しくすぐったい。
「今度の休日……土曜日ですが、もしよろしければ、一緒に出かけませんか」
これは……デート、だろうか。
圭佑さんが、少し照れたような表情で続けた。
「君が行きたい場所でもいいですし……できれば、僕のおすすめの場所にもお連れしたい」
「私も……圭佑さんのこと、もっと知りたいです」
素直な気持ちが、自然と口から出た。戦略でも計算でもなく、ただそう思った。
「では、土曜日の午前十一時に、渋谷駅のハチ公前で」
「はい、楽しみにしています」