社長、その溺愛は計算外です

時計を見ると、もう二十二時を回っていた。

会計を頼もうとした時、隣のテーブルから男性の声がした。

「あの、突然すみません。良かったら、連絡先を……」

男性が言い切るより早く、圭佑さんが椅子を引いて立ち上がった。

何も言わなかった。ただ、一歩踏み出し、男性の方へ静かに視線を向けただけだ。

怒りも、威圧もない。「これ以上は無駄だ」と告げるような、静かで確かな光が目の奥にあった。

男性の言葉が途切れた。圭佑さんの目に何かを感じたように、小さく「失礼、しました」と言って視線を外した。

「……」

私は、呆気に取られていた。声を荒らげたわけでもない。立っただけなのに。

一瞬の静寂の後、圭佑さんが私に向き直る。そこにはもう、いつもの穏やかな彼しかいなかった。ただ、わずかに呼吸が浅かった。

今の一瞬、この人の中で何かが動いた──その余韻だけが、空気にまだ残っていた。

彼は流れるような所作で会計を済ませ、私のコートを取ってくれた。

そのあまりにも自然なエスコートに、私は言葉を失ったまま、彼に促されるように店を出た。



店を出ると、少し冷たくなった夜風が頬を撫でた。

「圭佑さん」

「はい」

「さっきのは……」

「分析した結果、あの状況では立つのが最適だと判断しました」

「……それだけですか?」
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