社長、その溺愛は計算外です
少し間があって。
「……それだけです」
また間があって。
「たぶん」
「……その『たぶん』が、全部じゃないですか」
彼が足を止めた。夜の街灯の下で、私を捉える。
「……俺のものに、近づくなという意思表示、だったのかもしれません」
「『俺のもの』って、まだそんな……」
私は顔が火照るのを感じて、俯いた。
「……自分でも、少し驚いています」
その言葉が、おかしくて、温かくて──声に出して笑いたくなるほど、愛おしかった。
完璧に自分をコントロールしているように見えて、この人は今、自分の感情に追いつけていない。
「行きましょうか、梓さん」
彼は照れを隠すように、前を向いて歩き出した。
私はその隣に並びながら、足元を見た。
この人の前では計算を手放してしまっている。さっき、それに気づいた。
ずっと怖いと思っていたのに、今は不思議と、怖くなかった。
駅からほど近い、人通りの少ない夜道を並んで歩く。
彼の肩が触れそうな距離にあることを、ひどく意識してしまう。
「梓さん」
圭佑さんが、改札前で立ち止まった。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「君とぶつかって、ようやく分かった気がします」
「何がですか?」
圭佑さんが、ふっと目を細めた。
夜の駅の喧騒の中で、その瞳だけが、まっすぐに私を射抜いていた。