社長、その溺愛は計算外です
今ここで踏み込めば、この穏やかな空気が壊れてしまう気がした。
今夜この人が話してくれている言葉は、問い返すことで傷つくかもしれない何かと繋がっている──そんな予感がして、私は頭の中でその問いを、静かに閉じた。
今夜は、この人の言葉だけを、ちゃんと聞きたかった。
「全然、知らなかったです」
「今まで、誰にも言いませんでしたから」
圭佑さんが、ゴールドに視線を落とす。
「社長が弱音を吐いたら、誰もついてこなくなる。そう思って、ずっと一人で抱えていた。今も……似たような感覚になる瞬間があります。何百人分もの判断を毎日しながら、本当にこれで良かったのか、誰かに聞けるわけでもない」
「圭佑さん」
「でも」
彼が私を見た。
「あの徹夜の夜、画面越しに梓さんが必死にコードと向き合っている姿を見て……初めて、誰かと一緒に戦っている気がしたんです」
「私も、同じでした」
私は正直に答えた。
「一人でオフィスに残って、本当に心が折れそうだった。それでも、圭佑さんが画面の向こうにいてくれたから、最後まで手が動きました」
少し間があって、私は続けた。
「実は、私……ずっと、一人でいることに慣れようとしてたんです」
「梓さん?」
「圭佑さんといると、頼ってもいいかもって思えるんです。それが、私にとってはすごく大きなことで」
こんなことを、声に出したのは初めてだった。
圭佑さんが、私の方を向いた。