社長、その溺愛は計算外です
「仕事の場です。ただ……」
彼が、間を置いた。
「梓さんに、僕の世界を見てほしいと思いました。無理であれば、構いません」
「いいえ」
私は答えた。
「ぜひ、伺います」
圭佑さんが、小さく頷いた。その横顔が、安堵したように見えた。
駅の改札前で、私たちは立ち止まった。
「梓さん……今日は、色々と話してくれてありがとう」
「こちらこそ」
私は、彼の目を見て答えた。
別れ際、圭佑さんが私の手を握った。
「来週の土曜日、よろしくお願いします」
「はい」
改札を通り、振り返ると、圭佑さんはまだそこに立っていた。
今日は私から、手を振った。
彼が少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。
◇
電車の揺れに身を任せながら、私は今日のことを思い返していた。
雨の中、私だけを庇い続けた腕。
ふわふわのオムライスと、歪なハート。
誰にも言えなかったと言いながら、私に話してくれた孤独な一年。
そして──あの女性のことは、まだ、聞けていない。
「知人です」と言った時の短い沈黙が、電車の揺れの中でふと蘇った。
聞けば、何かが変わってしまう気がした──だから、今夜は閉じておいた。
でも、いつかは聞かなければならない。そう思っている自分も、確かにいる。
いつか、彼が話してくれる時を待とう。
今はただ、今日のことを大切に抱えていたかった。
窓の外には、雨上がりの夜空が広がっていた。