社長、その溺愛は計算外です

「仕事の場です。ただ……」

彼が、間を置いた。

「梓さんに、僕の世界を見てほしいと思いました。無理であれば、構いません」

「いいえ」

私は答えた。

「ぜひ、伺います」

圭佑さんが、小さく頷いた。その横顔が、安堵したように見えた。

駅の改札前で、私たちは立ち止まった。

「梓さん……今日は、色々と話してくれてありがとう」

「こちらこそ」

私は、彼の目を見て答えた。

別れ際、圭佑さんが私の手を握った。

「来週の土曜日、よろしくお願いします」

「はい」

改札を通り、振り返ると、圭佑さんはまだそこに立っていた。

今日は私から、手を振った。

彼が少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。



電車の揺れに身を任せながら、私は今日のことを思い返していた。

雨の中、私だけを庇い続けた腕。

ふわふわのオムライスと、歪なハート。

誰にも言えなかったと言いながら、私に話してくれた孤独な一年。

そして──あの女性のことは、まだ、聞けていない。

「知人です」と言った時の短い沈黙が、電車の揺れの中でふと蘇った。

聞けば、何かが変わってしまう気がした──だから、今夜は閉じておいた。

でも、いつかは聞かなければならない。そう思っている自分も、確かにいる。

いつか、彼が話してくれる時を待とう。

今はただ、今日のことを大切に抱えていたかった。

窓の外には、雨上がりの夜空が広がっていた。
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