社長、その溺愛は計算外です
「この業界に来て十年、変わったことと、変わらないことがあります」
会場が、しんと静まり返っていた。
「変わったのは、技術のスピードです。私たちは、常に走り続けなければならない。変わらないのは、人と人との信頼だということです。どれほど技術が進んでも、最後に残るのは、誰を信じるか、誰と走るかだと、俺は思っています」
一人称が、自然に『俺』に変わっていた。
丁寧に整えられた「社長」としての言葉ではなく、彼自身の言葉。感情が高ぶった瞬間に、隠しきれない本音が滲む人。
知らず知らず、息を止めていた。
「今夜ここに集まった皆さんと、これからも一緒に走れることを、楽しみにしています。ありがとうございました」
スピーチを終えた圭佑さんが、壇上から降りる。
その瞬間、彼の視線がまっすぐ私を探した。
会場中の人間が彼を見ていた。それなのに、彼の目は私だけを探して、見つけた瞬間に安堵したように、そして熱を帯びて静かに緩んだ。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
この人は、こういう場所に立つために生まれてきた人なのかもしれない。
それなのに、その目が私を探す。
──そもそも、どうして私なんだろう。
彼が選ぶべき相手は、もっとこの場所に相応しい、眩しい世界の住人のはずなのに。
しばらくして、圭佑さんが私の隣に戻ってきた。
「飲み物を取ってきます。少し待っていただけますか」
「はい」
圭佑さんが離れた瞬間、背後から声をかけられた。
「失礼ですが……桐原さんのお連れ様ですか?」