社長、その溺愛は計算外です
「新谷さん……顔色が悪いよ」
「大丈夫。ちょっと驚いただけ」
私は無理やり笑みを作って、岡下さんにタブレットを返した。指先から、力が抜けていくのが分かった。
◇
自分のデスクに向かい、椅子に座ってパソコンの画面をぼんやりと見つめた。
メールの通知が何件も来ているが、一つも読む気になれない。
『実は……』
あのレストランで、彼が言いかけて口を閉じた言葉。
あれは、自分の出自を話そうとしたのだろうか。
でも、結局言わなかった。
『時々、仕事で使うことがあるので』──そう誤魔化した。
『梓さんに隠し事はしたくない。ただ、全部を話せる日が来るまで、もう少しだけ待っていてもらえますか』
土曜日の夜、タクシーの中で言っていた。
その言葉の重さを、あの時の私はまだ知らなかった。
どうして、教えてくれなかったの?
婚約者がいると知りながら、どうして私を隣に連れていったの?
あの『パートナー』という言葉は、何だったの?
私は、唇をきつく噛みしめる。
公の場で、私は婚約者の存在を隠すための『盾』にされていたのだろうか。
……それとも、ただの『遊び』だったの?
問いかけは、誰にも届かないまま、静かなオフィスに溶けていった。
私たちは、住む世界が違いすぎる。
それ以上に、私は──信じようとした彼に、嘘をつかれていた。