社長、その溺愛は計算外です

「新谷さん……顔色が悪いよ」

「大丈夫。ちょっと驚いただけ」

私は無理やり笑みを作って、岡下さんにタブレットを返した。指先から、力が抜けていくのが分かった。



自分のデスクに向かい、椅子に座ってパソコンの画面をぼんやりと見つめた。

メールの通知が何件も来ているが、一つも読む気になれない。

『実は……』

あのレストランで、彼が言いかけて口を閉じた言葉。

あれは、自分の出自を話そうとしたのだろうか。

でも、結局言わなかった。

『時々、仕事で使うことがあるので』──そう誤魔化した。

『梓さんに隠し事はしたくない。ただ、全部を話せる日が来るまで、もう少しだけ待っていてもらえますか』

土曜日の夜、タクシーの中で言っていた。

その言葉の重さを、あの時の私はまだ知らなかった。

どうして、教えてくれなかったの?

婚約者がいると知りながら、どうして私を隣に連れていったの?

あの『パートナー』という言葉は、何だったの?

私は、唇をきつく噛みしめる。

公の場で、私は婚約者の存在を隠すための『盾』にされていたのだろうか。

……それとも、ただの『遊び』だったの?

問いかけは、誰にも届かないまま、静かなオフィスに溶けていった。

私たちは、住む世界が違いすぎる。

それ以上に、私は──信じようとした彼に、嘘をつかれていた。
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