没落令嬢ですが聖女になった途端、婚約破棄した皇太子に溺愛されています
そして、翌日。

屋敷はすでに静まり返っていた。

荷をまとめる音だけが、遠くでかすかに響いている。

もうここを出るのだと、誰もが理解していた。

その時だった。

「――皇太子殿下がお見えです」

使用人の声に、胸が大きく揺れる。

(……殿下が……)

来てくださった。

ほんの一瞬、期待してしまった自分がいた。

――もしかしたら。

けれど、その淡い願いは、次の瞬間には消えてしまう。

応接室に入ると、そこに立っていたのは、いつもと変わらぬ姿のアルセイド殿下だった。

黒髪に、冷たい瞳。

整いすぎたその表情には、何の感情も浮かんでいない。

「公爵の地位が剥奪されたのは聞いた」

低く、静かな声。

「……はい」

私は、ただそれだけを返す。

それ以上の言葉は、見つからなかった。
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