没落令嬢ですが聖女になった途端、婚約破棄した皇太子に溺愛されています
桶が、乾いた音を立てて底にぶつかる。

――水の気配が、まったくない。

(そんな……)

井戸の縁に手をかけ、そっと中を覗き込む。

その瞬間、肌が粟立った。

「……これは……」

底の方に、黒い靄のようなものが漂っている。

ゆらゆらと、嫌な気配を放ちながら。

(穢土……?)

祖母から聞いたことがある。

大地や水を侵し、生命を奪う“穢れ”。

けれど、それは滅多に現れないはずのものだった。

「どうしたんだ、セレス様……」

不安そうな声に、私は顔を上げる。

「……穢れています。この井戸」

ざわり、と周囲がどよめく。

「じゃあ、水はもう……」

「このままでは、飲めません」

はっきりと告げると、誰もが息を呑んだ。

水がなければ、生活はできない。

数日もすれば、町は立ち行かなくなる。
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