没落令嬢ですが聖女になった途端、婚約破棄した皇太子に溺愛されています
それなのに――

「セレスティア」

名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。

一瞬だけ、視線が重なる。

けれどその瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。

ただの“聖女”を見る視線。

「……任務を遂行する」

短く、それだけを告げる。

それは命令でもなく、確認でもなく。

ただ事実を並べただけのような声音だった。

「……はい」

私もまた、同じように答えるしかなかった。

言葉は、それ以上続かない。

(……やっぱり)

もう、あの時の関係ではない。

花園での静かな時間も、わずかな優しさも。

すべて――過去のもの。

(それでも……)

目の前にいるのは、私が好きだった人。

そう思った瞬間、胸がわずかに痛む。

けれど、表には出さない。

今の私は、“聖女”なのだから。

そして彼は――“皇太子”として、ここにいる。

その現実だけが、はっきりと私の前にあった。
< 36 / 66 >

この作品をシェア

pagetop