没落令嬢ですが聖女になった途端、婚約破棄した皇太子に溺愛されています
しばらく、二人で何も言わずに空を見つめる。

やがて。

「……疲れただろう」

低く、優しい声が落ちる。

その一言に、胸が大きく揺れた。

(……どうして)

こんなにも、優しいの。

婚約は破棄されたはずなのに。

もう、何の関係もないはずなのに。

それでも――水をくれる。花を渡してくれる。疲れを気遣ってくれる。

(こんなの……)

忘れようとしていた想いが、静かに浮かび上がってくる。

押し込めていたはずなのに。終わったはずなのに。

(……やめて)

そう思うのに、止められない。

胸の奥で、確かに蘇ってしまう。

(私は……)

視線を落とし、小さく息をつく。

「……ありがとうございます」

それしか言えない自分が、もどかしい。

けれど、その言葉の中に、消えなかった想いが、滲んでいた。
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