Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-
ガラスが砕けるような音と共に、歪みがさらに大きく、不気味な「口」を開く。

「……っ」


思わず、身を竦める。

逃げなきゃいけないのに、恐怖で足が動かない。


「本来存在しないものが入り込めば、世界はそれを排除しようとする。お前という“記憶”も“存在”も、跡形もなく消し去るまで」


「排除……?」


「……世界から、“消される”ってことだ。お前が元いた現実世界からも、ここからも」


蒼の瞳が、また水色に光った。
その光は、歪みの闇に抗うように、必死に輝いている。
全身が震え上がるのを、感じる。


お願いだから、早く夢から覚めて────


消されるなんて、


「そんなの……」


否定しようとした瞬間。
ドォォォォォンッ────!!!!



空間が、完全に裂けた。


そこから、形を持たない、粘り気の強い「影」のような何かが、津波のように溢れ出してくる。



「クソッ……これ以上は…!」



さっきよりも明らかに大きく、禍々しい歪み。
まるで、世界の向こう側から、憎悪の塊がこちら側へ這いずり出てこようとしているみたいに…────



「下がれ! 紬!!」


蒼の声が鋭く響く。
私は反射的に、震える足で後退る。
次の瞬間、歪みの奥から溢れた黒い影が、触手のように形を変え、一直線に“私”を目指して伸びてきた。


「ひっ……」


形を持たない、歪な塊。
でも、確実に“私”だけを認識している。

ゾッとするほどの、純粋な「殺意」と「憎悪」の視線。



「絶対近付くなよ」


蒼が一歩前に出る。
その背中が、やけに遠く、そして小さく感じた。


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