Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-


「……紬。お前は、本当に無防備だな」


蒼はそう苦笑すると、私の髪をタオルで拭き始める。

ぎこちない手つき。でも、そこには昨夜の『死ぬほど熱いぞ』と言っていた彼からは想像できないほどの、慈しむような優しさがあった。



「……ねえ、蒼。昨日、言ってくれたよね。『帰さない』って」


鏡越しに彼の瞳と目が合う。
彼は答えず、私の首筋を親指でゆっくりとなぞった。



「……言った。そして、後悔もしてない」



「私も。この隠れ家で、蒼と過ごす時間が、……あっちの世界の何年分よりもずっと濃いものだって、分かってる」



蒼の指が止まる。

彼はそのまま、私を背後から抱きしめるような形で、私の肩に顎を乗せた。


「……お前、本当に俺を食い尽くすつもりか?」



「…蒼こそ。私を、離せなくするつもりでしょ?」



蒼は小さく笑い、私の耳元で深く息を吐いた。
その距離は、昨夜の看病の時以上に近い。彼が動けば、唇が触れそうな距離。


昨日まであった「異種族」という壁は、今の二人には、ただの透明な膜のように薄く感じられた。



「お前を離したら、俺が俺じゃなくなる。…それは、お前も同じだろう?」



肯定の言葉は出なかった。
でも、彼が私の髪に顔を埋め、深く、深く呼吸を繰り返すだけで十分だった。




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