Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-
花の香りを纏いながら、隠れ家の寝室へと戻る。
蒼はすぐに暖炉に手をかざして、火が呼吸し始めたかのように大きく蠢いた。
「……風邪をひくぞ。もっと近くに来い」
今更、ドキドキする必要なんてないのに。
何故か鼓動が速くなる。
近くへ行くと、私を自分の腕の中へ引き寄せる。
彼の腕は、お風呂に入る前よりもずっと温かかった。
きっと、私の“温もり”を分け与えられたからかもしれない。
「……蒼」
「ん?」
「今日は、なんだか、すごく安心するね」
私は彼の胸元に顔を預け、トクトクと聞こえる力強い鼓動を耳元で聞いた。
番人として、歪みと戦い続けてきた彼の鼓動。それは今、誰のためでもない、私のためだけに刻まれているような気がした。
蒼の大きな手が、私の背中をゆっくりと撫でる。
そのリズムが心地よくて、心までほぐれていく。
「……まじないって、知ってるか?」
「まじない?子供騙しみたいなものって印象かな」
手の平に“人”って書いて、舐めたふりをしたら緊張が和らぐとか、よくやったな…懐かしい。
「そうか…。お前の温もりを嗅ぎつけて、何かが入り込んでくる可能性もある。だから、番人としての俺の力を、まじないとして肌に刻んでおきたいんだ」
彼の目は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。私はこくりと頷いた。
彼は私の長い髪を片側に寄せて、首筋を露わにする。
蒼の指先に、淡い水色の光が灯った。
「動くなよ…少し、熱いかもしれない」
彼が指先を、私の白いうなじにそっと滑らせる。
指が通るたびに、まるで氷の上を熱い鉄がなぞるような、不思議な痺れが走った。
「っ……!」
蒼の顔は、私の首筋に埋まるほど近い。
彼の吐息が耳元をくすぐり、指が描く紋様が、青白く、静かに脈動し始める。
それは、私の肌の上で生きているみたいだった。
「……これで、お前は俺の一部だ。……どこに行っても、誰に何を言われても、お前が俺の『糧』であり、『魂の半分』であることが、この紋章に刻まれる」
彼は書き終えると、その紋章の上に唇を落とした。
その一瞬、首筋から全身へ、雷に打たれたような衝撃が広がる。
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