Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-



「……聞こえる」


見知らぬ言葉のはずなのに、どうしてか全部理解できてしまう。


「行くぞ」


隣で低い声が落ちた。


「え、ちょっと……」



腕を引かれる。人混みの中を縫うように進んでいく。

────帰れって言ってたくせに。

前のめりになりながらも、必死について行った。


その時、


「あれ?」


誰かの声が、耳に引っかかった。

ガヤガヤとしていた市場の喧騒が、ピタリと止む。


何?────


不気味な静寂の中、人混みの奥から、クンクンと空気を嗅ぐような、湿った音が聞こえた。


「……変だ」

「ああ、妙な匂いがする」

「この、甘くて、どうしようもなく青臭い匂いは────」


一斉に、何百という視線が私に向けられる。

それは、好奇心なんて生易しいものではなかった。

飢えた獣が、獲物を見つけた時のそれだ。



「見つかった、か」


蒼がチッと低く舌打ちをして、私の前に一歩出た。
私を背中に隠すように。


「人間だ!」




誰かが叫んだ瞬間、世界が弾けた。


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