恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
幸子が頷くと、松澤は自分のジャケットを脱いだ。
それを傘代わりに幸子の頭にそっとかける。
「えっ、先生の服が……」
「服なんてどうでもいい」
即答だった。
冷たいと噂の人なのに、迷いのないその言葉が、なぜか胸に残る。
幸子はジャケットの中で、子猫を抱き直した。
すると、ふわりと、清潔で落ち着いた香りが漂う。病院ですれ違ったとき、微かに感じたことのある香りだ。こんな距離で意識することになるなんて思わなかった。
「走れそうか」
「え?」
「君の家まで」
「あ、はい……そんなに遠くないです」
言ったあとで、心の中で訂正する。
歩けば10分ほど。雨の中ではそれなりの距離だ。
けれど松澤は何も言わず、通りを見渡してから道の先を指した。
「駅の反対側なら、大通りまで戻るより、こっちの路地を抜けたほうが早いな」
「わかるんですか?」
「何度か通ったことがある」
意外だった。
こういう下町の細い道は、松澤には似合わない気がしていたから。
そんなことを思っているうちに、松澤は一歩、雨の際まで出た。
それから振り返る。
「心配だから、一緒に行く」
短い一言だった。
けれど、その声音には説明のいらない強さがあった。
幸子は一瞬、息を止める。
――心配だから。
それは子猫に向けられた言葉なのだとわかっている。
わかっているのに、胸の奥が妙に熱くなった。
「……はい」
小さく返事をすると、松澤は幸子の歩幅に合わせるようにして隣へ並んだ。
そして、濡れた通りへ飛び出す。