恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
手術が終わってから、どれくらい時間が経ったのか、幸子にはわからなかった。
身体から力が抜けて、しばらくは椅子に座ったまま動けずにいたが、やがて看護師に声をかけられ、祖母が病室に戻ると聞いたとき、ようやく現実へと引き戻された。

ストレッチャーの上には、まだ眠っている祖母の姿があった。
看護師さんの邪魔にならないように、後ろからついて歩く。
病室の前に立ったときには、胸の奥が静かに震えていた。

術後のために、ナースステーションそばの一人部屋。
祖母に繋がれた点滴の管やモニターの音はそのままだが、先ほどまでの緊張感とは違い、そこには和らぎの空気に包まれていた。
そっと近づき、ベッドの脇に立つ。

呼吸は安定している。

その小さな上下に合わせて、幸子の胸もようやくゆっくりと落ち着いていく。

「……よかった」

誰にともなく、そう呟いた。
声に出した瞬間、現実として受け止められた気がした。

もう大丈夫なのだと。

いつの間にか、太陽は傾き、空はやわらかな夕焼け色に染まっていた。
病室の中にも、その淡い光が静かに差し込んでいる。

幸子はベッドのそばに腰を下ろし、祖母の手をそっと包み込んでいた。
呼吸は落ち着いている。
その規則正しいリズムに合わせるように、幸子の胸の奥も、ようやくゆっくりとほどけていく。

やがて、指先が、かすかに動いた。

「……?」

祖母のまぶたが、かすかに揺れた。
そして、ゆっくりと目を開く。

「……さっちゃん?」

その声に、胸がいっぱいになる。

「うん……私、ここにいるよ」

祖母はぼんやりとした視線を向けたあと、安心したように小さく息を吐いた。

「……終わったのね」

「うん。手術、無事に終わったよ」

言葉にした瞬間、現実として胸に落ちる。

祖母は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

「そう……よかった」

しばらく、静かな時間が流れる。
< 100 / 223 >

この作品をシェア

pagetop