恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
「調子はどうですか」

祖母に向けられた声は、医師としてのもの。
落ち着いていて、無駄がない。

「ええ、おかげさまで」

祖母が穏やかに答える。
そのやり取りを、幸子は少しだけ距離を置いたまま見ていた。

仕事中の松澤。

それは、自分が知っているもう一つの顔。
そして、自分だけが知ってしまった、もう一つの顔。

その両方が、今同じ場所にある。
それが、不思議で、落ち着かなかった。

松澤は一通りの確認を終えると、カルテに視線を落としながら言った。

「経過は良好です。問題なければ、近いうちに内科へ引き継ぎます」

「まあ……そうなの」

祖母が少しだけ残念そうに笑う。

「先生に会えなくなるのは、寂しいわね」

その言葉に、幸子の心が小さく揺れた。

松澤は顔を上げる。
そして、穏やかに答えた。

「また、会えますよ」

その言葉は、祖母に向けたもののはずなのに、どこか違う意味を含んでいるように感じてしまう。
思わず、顔が熱くなる。

視線を落とす。
けれど、さっきとは違う。
逃げるためではなく、ただ少しだけ気持ちを整えるために。

松澤はそれ以上何も言わず、軽く会釈をして病室を出ていった。
扉が閉まり、静けさが戻る。

祖母が、ふっと笑った。

「いい先生ね」

「……うん」

小さく頷く。

胸の奥に残っているものは、不安ではなかった。
少しだけくすぐったくて、あたたかいもの。
それを、まだ上手く言葉にできないまま、幸子は静かに息を吐いた。
< 107 / 223 >

この作品をシェア

pagetop