恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
午後の外来が、ようやくひと段落した。
受付に、束の間の静けさが戻る。
その空気を待っていたかのように、ひそひそと声が上がった。

「ねえ、松澤先生の縁談の話、聞いた?」

「理事長の娘さんでしょ?」

少しだけ声が落ちる。

「なんかさ――」

「クラ子って、松澤先生のこと、じっと見てたよね」

指先が、ぴたりと止まる。
けれど顔は上げない。

「それってさ、意識してるってことじゃない?」

「話しかけられて、その気になってるとか?」

「あはは、それはないって」

軽い笑い声が、空気の中に溶けていく。
けれど、その“ない”という一言が、はっきりと線を引いていた。

幸子はゆっくりと息を吐き、視線を画面に落としたまま、手だけを動かし続ける。

そのとき、少し離れた席でカルテを整理していた別の同僚が、ふいに手を止めた。
ファイルを抱えたまま、何も言わずにこちらを見ている。

聞こえていたのだろう。
けれど、口は開かない。ただ、眉尻を下げ心配そうにしていた。
幸子は、その同僚に向かって、頷いた。
……私は、大丈夫だよ。と伝えるように。
< 108 / 223 >

この作品をシェア

pagetop