恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
ミルクをそっと床に下ろす。
子猫は何も知らないまま、楽しそうにしっぽを揺らしている。

その様子に、幸子は笑みをこぼした。

「ご飯、用意しておこうっと」

小さく呟いて、キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
いつもと変わらない食材。
それなのに、手元がどこか落ち着かない。

包丁を握る。
野菜を切る。
火をつける。

いつも通りの動作を繰り返しながら、意識をそこに集中させる。
けれど、完全には追い出せない。
すぐそこまで来ている気配を、もう感じてしまっているからだ。

玄関の向こう側から、
あと少しで、この部屋に入ってくる。

そのことを考えるだけで、胸の奥が静かに騒がしくなる。
それが、嫌ではなかった。


玄関のインターホンが鳴ったとき、幸子は思わず手を止めた。

火にかけていた鍋から、やわらかな湯気が立ちのぼっている。
包丁を置き、手を拭く。
それだけの動作なのに、胸の奥が落ち着かない。

理由は、わかっていた。

ドアの向こうにいる相手を思うだけで、心臓が少しだけ早くなる。
ゆっくりと扉を開けると、そこに立っていたのは、松澤だった。
< 111 / 223 >

この作品をシェア

pagetop