恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
祖母の退院が決まったのは、手術から十日が過ぎた頃だった。
病室の窓から差し込む光はやわらかく、ベッドの上に座る祖母の表情にも、ようやく日常の穏やかさが戻っている。

「こんなに早く帰れるなんて思わなかったわ」

そう言って笑う声を聞きながら、幸子は胸の奥に静かな安堵を感じていた。
荷物をまとめ、手続きを済ませ、ゆっくりと病院を後にする。
あれほど重く感じていた場所が、今日はどこか違って見えた。
ひとつ区切りがついたのだと、自然と思えたからかもしれない。

帰り道、タクシーの中で、祖母はふと楽しそうに言った。

「先生にもちゃんとお礼を言わないとね」

その言葉に、幸子の指先がわずかに止まる。

「……そうだね」

本当は、言わなければいけないことがある。

けれど、それをどう伝えればいいのか、まだ答えが出ていなかった。

松澤のこと。
あの夜の言葉。

どれも曖昧なままではいけないのに、祖母に話そうとすると、なぜか言葉が見つからなくなる。

心配をかけたくないのか。
それとも、自分自身がまだ整理しきれていないのか。
答えはわからないまま、ただ胸の奥に引っかかっていた。

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