恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
やがて、古びた玄関が見えてきた。
築年数のかなり経った日本家屋。祖母と二人で暮らしてきた家だ。立派とは言えないけれど、丁寧に手を入れてきたぶん、どこか温かみがある。
「ここです」
家の前で足を止めると、松澤が家を見上げた。
雨に煙る視界の中で、その整った顔に一瞬だけ意外そうな色が浮かぶ。
「……ここが君の家か」
「はい。古いですけど」
なぜだか言い訳するようにそう言うと、松澤はすぐに首を振った。
「いや、いい家だ」
その言い方が思いのほか真っ直ぐで、幸子は少しだけ目を見開く。
古い、地味、慎ましい。
自分の持っているものは、大抵そういう言葉で片づけられる。
けれど松澤は、今この家を見て、いい家だと言った。
胸の奥に、小さな灯がともるような気がした。
「すぐ開けます」
慌てて鍵を取り出し、引き戸を開ける。
乾いた木の匂いと、少しひんやりした家の空気が流れ出た。
「どうぞ……あ、すみません、散らかってるかも知れません」
「謝らなくていい。おじゃまするよ」
靴を脱ぎながら松澤が言う。
男の人を家にあげるなんて、普段の自分なら絶対にしない。
けれど、今は緊急事態。幸子は子猫を抱いたまま家の奥へ急いだ。
台所のダイニングテーブルの上におろすと、子猫は寒さで小さく丸まっている。
「まず、タオル取ってきます。あと、お湯も沸かして……」
「ドライヤーはあるか」
「あります」
返事をしながら、幸子は洗面室へ向かう。
雨の夜。
突然拾った子猫。
そして、自分の家の台所に立つ、職場で一番遠い存在だったはずの男。
こんなの、どう考えても非日常だ。
それなのに、不思議と怖くはなかった。
むしろ胸の奥では、何かが静かに動き出している気がした。