恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
その声には、からかいも詮索もなかった。
ただ、やさしい温度だけがあった。

「さっちゃんを、よろしくお願いしますね」

一瞬、幸子の思考が止まる。

「おばあちゃん……」

思わず声が漏れる。

けれど祖母は、何も言わずに微笑んでいるだけだった。

松澤は、その言葉を正面から受け止めた。
わずかに姿勢を正し、はっきりと答える。

「はい。大切にします」

短い言葉。
けれど、その響きには迷いがなかった。
幸子の胸が、大きく高なる。
言葉にしなくてもわかる。
この人は、本気で言っているのだと。

祖母は満足そうに頷くと、そっと道をあけた。

「夜は冷えますから、中にどうぞ」

一瞬だけ、間が生まれる。
けれど、松澤は静かに頭を下げる。

「ありがとうございます。ですが、もう遅い時間ですので……また日をあらためて、ご挨拶に伺います」

落ち着いた声だった。
丁寧で、無理のない距離を保った言葉。

祖母はやわらかく頷く。

「それじゃあ、そのときはゆっくりお話してくださいね」

「はい」

その返事には、はっきりとした意思があった。
祖母は満足そうに微笑むと、今度こそ幸子のほうへ視線を向ける。

「さっちゃん、先生をお見送りしてらっしゃい」

「……うん」

小さく頷く。

「今日は、ありがとうございます」

幸子がそう言うと、松澤はわずかに首を振る。

「こちらこそ……」

ほんの一瞬、沈黙が落ちる。
別れ際の、わずかな間。
その中で、どちらも同じことを思っている気がした。
離れがたい、と。

「……また連絡する」

「はい」

それ以上の言葉はいらなかった。

ゆっくりと背を向ける松澤。
その背中が角を曲がって見えなくなるまで、見送った。

胸の奥に残る温もりだけが、静かに確かさを増していく。


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