恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
家の前に着いたとき、ようやく足が止まった。
さっきまでの出来事が、まだ体の奥に残っている。

手は、つないだままだった。
離すタイミングがわからない。
というより、離したくない。
そんなことを考えている自分に、幸子は少しだけ戸惑う。

「……ここでいいのか」

松澤の声が、すぐ隣で落ちる。

「……はい」

声が少しだけやわらかくなっているのが、自分でもわかった。
ふと、指先に意識が向く。
つながれたままの手。

少しだけ力がこもると、すぐにそれに応えるように、指が絡み直された。
まるで、確かめ合うみたいに。

幸子は小さく息を吸い、引き戸に手をかけた。
ゆっくりと、開ける。

その瞬間、足が止まった。

玄関の奥に、祖母の姿があった。
居間の明かりが、やわらかく差し込んでいる。

ちょうど立ち上がったところだったのか、こちらに気づいて顔を上げた。 

「あら、おかえり」

やわらかな声。

ほんの一瞬だけ、幸子の表情に視線が止まった。
それから、静かに松澤へと目を向ける。

「こんばんは」

松澤が、落ち着いた所作で頭を下げた。

「こんばんは。今日は、ありがとうございます」

祖母は、ゆっくりと頭を下げ返し、言葉を続けた。

「……さっちゃんのことで、お手数をおかけしました」

やわらかな言い方だったが、その言葉にはすべてを察した響きがある。
幸子は思わず息を呑む。

祖母は、何も聞いていないはずなのに。
けれど、きっと……気付いている。
松澤は一瞬だけ目を伏せ、それからまっすぐに顔を上げた。

「いえ。俺が一緒に居たかっただけです」

簡単な言葉だった。
けれど、そこに嘘はなかった。
祖母は、その答えを静かに受け止める。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。

「……そうですか」

小さく頷き、言葉を続ける。

「それでも、さっちゃんを、支えてくださって、ありがとうございます」

はっきりとした感謝だった。
その一言に、空気がやわらかく変わる。
松澤は、わずかに息を吸い、姿勢を正した。

「当然のことをしたまでです」

その声には、迷いがなかった。
祖母は、そんな松澤をじっと見つめる。

やがて、ふっと微笑んだ。

「……さっちゃんを、よろしくお願いしますね」

その言葉は、さっきよりもずっと意味を持っていた。
ただの挨拶ではない。
託す言葉だった。

「はい」

松澤は、短く答える。

「大切にします」

その一言に、嘘はなかった。

幸子の胸が、強く打つ。
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