恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
「自覚ないんだ」

「でもいいじゃん、いいことだよ」

軽い調子のやり取り。
それ以上、深く踏み込まれることはなかった。
幸子は小さく笑って、そのまま仕事に戻る。

けれど、心のどこかでわかっていた。
指先に残る、昨夜の温もり。

無意識に、胸元に手を添える。

すぐに手を離し、視線を落とす。
このまま考えていたら、顔に出そうだった。

そのときだった。

「倉田」

受付のカウンター越しに、低い声が落ちた。
顔を上げると、松澤が立っている。
白衣姿のまま、いつもと変わらない距離。

「はい」

事務的に返す。
周囲の視線を、自然と意識してしまう。

「昨日の件だが」

声は低く、簡潔だった。
完全に“仕事のトーン”。

「問題ないか?」

一瞬だけ、言葉の意味が遅れて届く。

「はい……大丈夫です」

短く答える。

それ以上は、ここでは言えない。
松澤は、それ以上踏み込まなかった。
ただ、一度だけ視線が落ちる。

「無理はするな」

それだけ言って、すぐに踵を返す。
ほんの数秒のやり取り。

それなのに――

(……今の、ずるい)

胸の奥が、じんわりと熱くなる。

同僚が、ひそっと耳打ちしてくる。

「今のなに?ちょっと距離近くなかった?」

「そうですか?」

と言って、とぼけて見たけど、否定しきれない何かが、確かに残っていた。
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