恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
突然のことに、幸子は固まる。
タオル越しに、松澤の手が幸子の髪を包んだ。
濡れた髪を、乱暴ではないけれど遠慮もなく、くしゃりと拭われた。
「先生……っ」
慌ててタオルを押さえる。
「だ、大丈夫ですから」
「さっき、転びかけただろ。それに風邪ひく」
その声音は、柔らかかった。
幸子は、言葉を失う。
タオル越しに感じる手の大きさ。
こんなふうに誰かに世話を焼かれるのは、いつぶりだろう。
幼いころから基本自分のことは全部自分でやってきた。
誰かに「濡れてる」と気づいてもらうことも、こうしてタオルを被せてもらうことも、もう長いことなかった。
胸の奥が、じんわり温かくなる。
「……ありがとうございます」
小さく言うと、松澤は手を止めた。
「猫ばっかり気にしてたからな」
そう言いながら、もう一度だけ幸子の髪を軽く拭く。
それからようやくタオルを離した。
「これで少しはましだ」
幸子はタオルを握ったまま、顔を上げられなかった。
さっきまで子猫のことでいっぱいだった心臓が、今は別の理由で落ち着かない。
「先生も風邪引かないようにしてください」
「ああ」
ようやく松澤は、自分のためにタオルを使う。
(優しい人……)
幸子は心の中でつぶやいた。
台所の窓の外では、まだ雨が降り続いている。
けれどこの小さな台所の中だけ、なぜか空気が少しだけ温かくなった気がした。