恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
取り残された空間に、少しだけ遅れて静けさが戻ってくる。
ようやく息を吐いたとき、自分の鼓動がまだ早いことに気づく。

「……大丈夫?」

後ろから、声がかかる。
振り返ると、智代が立っていた。
その目は、さっきまでとは明らかに違っていた。

「はい……」

そう答えながらも、視線はまだ扉の方へ向いてしまう。

智代は、幸子の横顔をしばらく黙って見つめていた。
そして、ふっと息をつく。

「……止めないのね」

幸子は、少しだけ驚いたように視線を向ける。

「え……?」

「呼び戻そうと思えば、できたでしょう」

試すような言葉。
けれど、責めているわけではない。
幸子は、ゆっくりと首を振る。

「……いいんです。松澤先生は、ああいうときに、迷わず手を差し伸べる人ですから……」

智代は、その言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ目を細めた。
それは、試す側の目ではなかった。

「……そう……そういうところなのね」

その一言が、やわらかく落ちる。

その意味を、幸子はすぐには言葉にできなかった。
父の昌弘が、ふっと穏やかに息をつく。

「……なるほどな。真田先生が、話していた通りだな」

その名前に、幸子の指先がわずかに強張る。

母は、視線を外さずに言った。

「ええ」

そして、ほんのわずかに、目を細める。

「でも……関係なかったわね。今、見たもので十分だわ……迷いがなかったもの」

幸子の胸の奥で、何かがほどけた。

「厳しいことを言うつもりはないわ」

穏やかな声だった。

「ただ、松澤家に入る覚悟があるなら、話は別だけど」

幸子は、ゆっくりと息を吸った。

「……はい。覚悟はしています。よろしくお願いいたします」
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