恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
松澤は、そんな幸子を落ち着いた目で見ながら答えた。

「条件を絞って探した」

「条件?」

「この家から歩いて行ける距離」

その瞬間、幸子はゆっくり顔を上げた。
松澤は視線を逸らさない。

「おばあさんを一人にするのは心配だろ。何かあっても、すぐ来られる場所がいいと思った」

胸の奥が、じんわり熱を持つ。
さらりと言った一言に、自分への気遣いがどれだけ詰まっているのかがわかってしまう。

幸子は、そっと資料へ視線を落とした。
どの物件にも、細かく付箋が貼られている。

「ミニスーパーが近い」
「夜道が明るい」
「ペット可」

そんな文字が、松澤らしい端正な字で書かれていた。
思わず、小さく笑ってしまう。

「……すごい調べてる」

「住む場所は大事だからな」

真面目な顔で返されて、余計におかしい。

「……克樹さん」

名前を呼ぶと、松澤が静かに視線を向ける。

「ありがとうございます」

小さな声だった。
けれど、そこに込めた気持ちは大きかった。

松澤はしばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと口を開く。

「お前が大事にしたいものは、俺も大事にしたい」

その一言が、幸子の胸の奥へ落ちてくる。
泣きそうになるのを、誤魔化すように、足元の子猫を抱き上げた。

「にゃあ」

子猫は資料の上へ前足を乗せ、何も知らない顔で尻尾を揺らしていた。

「……お前も見るのか」

松澤が呆れたように言うと、子猫は満足そうに喉を鳴らす。
その光景がおかしくて、幸子はとうとう吹き出した。

さっきまで込み上げていた涙も、全部やわらかくほどけていく。
この先、きっと変わっていくものはたくさんある。

それでも、こんなふうに笑いながら、一緒に未来を選んでいけるなら。
きっと、大丈夫なのだと思えた。

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