恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
幸子は、しばらくその方向を見つめていた。
なんだか、胸に寂しさが押し寄せる。
昨夜のことは、夢だったのかな。
そんな気さえしてしまう。
──何を期待してしまったんだろう。
だからきっと、あれは夢だったんだ。
そう思おうとするのに、胸の奥が、静かに反発する。
(でも……)
ほんの一瞬でも、自分に向けられたあの眼差しを、忘れられない。
(……勘違いしちゃだめ)
幸子は小さく息を吐き、視線を落とした。
――そもそも、住む世界が違う。
医者としても一流で、家柄も、経歴も、何もかも揃っている人。
対して自分は、母を亡くし、祖母と二人で暮らすだけの、どこにでもいる受付。
並ぶことすら、おこがましい。
そう言い聞かせるたび、胸の奥が少しずつ冷えていく。
そのときだった。
「ねえ」
隣で、小さな声が聞こえた。
「見た?」
「うん」
同僚の女子二人が、ひそひそと話している。
「今日もかっこよかったよね」
「ほんとそれ」
「本人もカンペキなのに、父親は大学教授。母親は有名な皮膚科医とか、経歴までカンペキ」
同僚の噂話を聞き流し、幸子は書類を整理するふりをした。