恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
幸子は、しばらくその方向を見つめていた。
松澤の冷たい様子に、昨夜のことは、夢だったのかな。
そんな気さえしてしまう。

何を期待してしまったんだろう。
でも……ほんの一瞬でも、自分に向けられたあの眼差しを、忘れられない。

(勘違いしちゃだめ!)

そのときだった。

「ねえ」

隣で、小さな声が聞こえた。
同僚の女子二人が、ひそひそと話している。

「見た?松澤先生」

「うん」

「今日もかっこよかったよね」

「ほんとそれ」

「本人もカンペキなのに、父親は大学教授。母親は有名な皮膚科医とか、経歴までカンペキ」

同僚の噂話を聞き流し、幸子は書類を整理するふりをした。
(やっぱり……ね)

心のどこかで、納得してしまう。

こういう会話には慣れている。
松澤の話題は、いつも職員の間で出る。

「でもさ、相変わらず先生ってば、クールよね」

もう一人が小さく笑った。

「でも、優しくされたら絶対落ちる」

「それはわかる」

そして、ふと声が下がる。

「ていうかさ」

「ん?」

「クラ子、さっき固まってなかった?」

幸子の手が止まった。

クラ子。

それは、幸子につけられたあだ名だ。

倉田幸子だから、クラ子。
でも、名前を省略しただけじゃない。

嘲笑してつけられたのだ。

初めて聞いたときは少し傷ついたけれど、今はもう聞き慣れた。

(……ちょうどいい)

胸の奥で、そっと呟く。

自分は、その程度の存在だと。
勘違いなんて、しないように。
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