恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
幸子は台所で小鍋を火にかけながら、壁にある時計をちらりと見た。
時刻は、夜8時を過ぎていた。
松澤先生は「終わったら寄る」と言っていた。
でも、外科医の仕事は時間が読めない。
たぶん来ないだろう。
そう思っていた。
――思っているのに。
気づけば、何度も時計を見てしまう。
小さく息を吐き、視線をそらす。
足元の段ボールの中で、子猫が「にゃあ」と鳴いた。
しゃがみ込み、そっと頭を撫でる。
「……先生、来てくれるかな。でも……忙しいもんね」
そう言いながらも、指先に力がこもる。
ほんの少しだけ、期待している自分に気づいてしまうから。
(……来るわけない)
自分に言い聞かせた、そのときだった。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
「……まさか」
小さく呟きながら玄関へ向かう。
引き戸を開けた瞬間。
そこに立っていたのは、松澤克樹だった。
黒いコートを羽織り、少し疲れたような顔をしている。
けれど、その視線はいつものように静かだった。
「こんばんは」
松澤の低い声が落ちる。