恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
そのとき、台所の鍋が小さく音を立てた。
「あ!」
幸子は慌てて振り返る。
「すみません、お湯かけていました」
台所へ駆け込み、火を止める。
ふと、考える。
――どうしよう。
もう夜も遅い。
でも、せっかく来てくれたのに。
少し迷ってから、意を決して声をかけた。
「あの……先生」
振り返ると、松澤がこちらを見ていた。
「よかったら、ごはん……食べていきませんか?」
一瞬、空気が止まる。
「簡単なものしか作れませんけど……」
言いながら、少し後悔する。
こんな家で。
こんな食事で。
でも松澤は、すぐに答えた。
「いいのか」
「はい」
「じゃあ、いただく」
その返事に、幸子はほっと胸をなでおろす。
台所に立ち、手早く支度を始める。
冷蔵庫にあるもので作る、いつものご飯。
味噌汁と煮魚を温め直し、小鉢に作り置きのきんぴらとポテトサラダを盛る。
そして、浅漬けのお新香とごはん。
祖母と暮らしていたときと同じ、質素な食卓。
「お待たせしました」
食卓に並べると、松澤は少し驚いたようにそれを見た。
「昨日も驚いたけれど……倉田はすごいな」
「そんなことないですよ」
向かいに座る。
松澤は箸を取り、ひと口食べた。
そのまま、何も言わずにいるので、幸子は思わず不安になる。
「……あの、口に合いませんでしたか?」
すると松澤は、ゆっくり首を振った。
「いや。すごい、うまい」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。