恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~

そのとき、台所の鍋が小さく音を立てた。

「あ!」

幸子は慌てて振り返る。

「すみません、お湯かけていました」

台所へ駆け込み、火を止める。

ふと、考える。

――どうしよう。

もう夜も遅い。
でも、せっかく来てくれたのに。

少し迷ってから、意を決して声をかけた。

「あの……先生」

振り返ると、松澤がこちらを見ていた。

「よかったら、ごはん……食べていきませんか?」

一瞬、空気が止まる。

「簡単なものしか作れませんけど……」

言いながら、少し後悔する。

こんな家で。
こんな食事で。

でも松澤は、すぐに答えた。

「いいのか」

「はい」

「じゃあ、いただく」

その返事に、幸子はほっと胸をなでおろす。

台所に立ち、手早く支度を始める。
冷蔵庫にあるもので作る、いつものご飯。

味噌汁と煮魚を温め直し、小鉢に作り置きのきんぴらとポテトサラダを盛る。
そして、浅漬けのお新香とごはん。

祖母と暮らしていたときと同じ、質素な食卓。

「お待たせしました」

食卓に並べると、松澤は少し驚いたようにそれを見た。

「昨日も驚いたけれど……倉田はすごいな」

「そんなことないですよ」

向かいに座る。
松澤は箸を取り、ひと口食べた。
そのまま、何も言わずにいるので、幸子は思わず不安になる。

「……あの、口に合いませんでしたか?」

すると松澤は、ゆっくり首を振った。

「いや。すごい、うまい」

その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
< 38 / 105 >

この作品をシェア

pagetop