恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
部屋の中には、静かな時間がゆっくりと満ちていた。
テーブルの上には、空になったコーヒーカップが置かれ、窓の外はすっかり夜の色に沈んでいる。遠くを走る車の音だけが、かすかに耳に届いた。

松澤は椅子に腰を下ろしたまま、手を組んで幸子を見つめていた。無理に言葉を探そうとはせず、ただそこにいるという在り方が、不思議と場の空気を穏やかにしていた。

幸子もまた向かいに座り、手元のカップへと視線を落とす。

先ほどまで胸の奥からこぼれ落ちていた言葉の余韻が、まだ静かに残っていた。怖いと口にしたことも、ひとりになりたくないと認めてしまったことも、今さらながらに思い返されて、少しだけ頬が熱くなる。

それでも、不思議と後悔はなかった。

沈黙は続いているのに、それはもう苦しさを伴うものではなく、ただ静かに寄り添うような時間へと変わっている。

そのとき、足元で小さな気配が動いた。

「にゃあ」

子猫が、まだおぼつかない足取りでこちらへ歩いてくる。
幸子は自然と、しゃがみ込んだ。

「ミルク、おいで」

けれど、子猫の小さな身体はふらりと揺れ、今にも倒れそうになる。

「あ……」

反射的に手を伸ばした、その瞬間だった。
背後から伸びてきた別の手が、同時に子猫を支える。

二人の手が、子猫の上で重なった。
ほんの一瞬、指先が触れ合う。
そのわずかな接触だけで、心臓が大きく跳ねた。
< 51 / 118 >

この作品をシェア

pagetop