恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
翌朝、いつも通り、病院の職員通用口をくぐった幸子は、細く息を吐き出した。
いつもと同じ時間、同じ風景のはずなのに、空気が違って見える。
気のせいだろうか、と考えながらも、胸の奥に小さなざわめきが残った。

制服に着替え、受付の持ち場につく。
普段通りの業務が始まり、患者の対応や書類の整理に追われているうちに、その違和感は一度は薄れていった。

けれど、背後から聞こえる同僚のひそひそ声にドキリとしてしまった。

「ねえ、最近さ」

「松澤先生、なんか変わったと思わない?」
 
聞くつもりはなかったのに、松澤の名前が聞こえて、注意を奪われる。

「わかる。前より受付のほう来てない?」

「でしょ? 誰か目当てとかだったらヤバくない」

「私だったりして」

くすくすと小さな笑い声が重なる。

幸子は手元の書類に視線を落としたまま、何も聞こえていないふりをした。
ただ、胸の奥がわずかにざわつく。

「でもさ、まさかがあるかもよ」

「えー。あの先生が?そもそも、先生につり合う人なんていないでしょ、この病院に」

「そうよね。お父様がT大教授で、お母様がテレビでも有名な皮膚科医でしょう」

「そう、だから、どっかのご令嬢とかハイスぺの女子じゃないと釣り合わないわよね〜」

 軽い調子の言葉。

 けれど、その中に含まれた“線引き”に、心をきしませる。
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