恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
否定するように、幸子は無意識に背筋を伸ばした。
そして、普段と変わらず、淡々と業務をこなす。
それが自分の役割で、それ以上でもそれ以下でもないと、何度も言い聞かせるように。

そのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。

規則正しく、迷いのない足取り。

自然と、周囲の空気が少しだけ引き締まる。
視線を感じて顔を上げる。
白衣をまとった松澤克樹が、こちらへ歩いてきていた。

いつもと変わらない、冷静な表情。
その姿に、周囲の職員たちがさりげなく姿勢を正す。
幸子もまた、慌てて視線を落とし、手元の書類を整える。
仕事として、対応するだけ。
それでいいはずだった。

けれど――

「倉田」

不意に名前を呼ばれ、肩が小さく跳ねる。

「……はい」

顔を上げると、すぐ目の前に松澤が立っていた。
その瞬間、胸の奥がツキンと痛む。
変わらない距離のはずなのに、昨夜のことを思い出した瞬間、妙に近く感じてしまう。

「このカルテ、至急で回してほしい」

差し出されたファイルを受け取る。

「はい、すぐに」

事務的なやり取り。

それだけのはずだった。

だが、松澤は一瞬だけ、幸子から視線を外さずにいた。
ほんのわずかな間だったが、二人の視線が絡んだ。
それから何事もなかったかのように、視線を切り、歩き去っていく。
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