恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
すると、向かいの席から視線を感じる。
それに、幸子は気づかない振りをして、パソコンに向かい仕事を進めた。

そのとき――

「倉田さん」

名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。
向かいの席の同僚が、どこか探るような視線を向けていた。

「松澤先生と、何かあった?」

軽い調子の問いかけだった。
けれど、その奥にある好奇心は隠されていない。

「何も……仕事のファイルを受け取っただけです」

それ以上でも、それ以下でもない。
そう言い聞かせるように幸子は、静かに首を振った。

「ふーん……まあ、そうだよね」

納得したのか、していないのか曖昧な反応。
やがて興味を失ったように彼女は仕事を再開した。

幸子は、そっとパソコンへ視線を戻した。
胸の奥が、わずかにざわついている。

違うとわかっているのに。
何もないと、自分で言ったのに。
それでも、ほんの少しだけ。
否定しきれない何かが、確かにそこに残っていた。
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