恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
午後の外来は、息つく間もないほどの忙しさだった。

受付には患者が途切れることなく訪れ、呼び出しや問い合わせの対応に追われる。
幸子はいつも通りの手順で業務をこなしながらも、胸の奥に残るざわめきを消せずにいた。

午前中に耳にした言葉が、ふとした瞬間に蘇る。

「そもそも、相手になる人いないでしょ、この病院に」

「そうそう、どっかのご令嬢とかハイスぺの女子じゃないと」


ただの雑談だとわかっている。
けれど、その何気ない一言が、思った以上に心に引っかかっていた。

患者対応が一段落したところで、幸子は書類を届けるために受付を離れた。

ナースステーションへ向かう廊下は、外来の喧騒から少しだけ離れ、落ち着いた空気が流れている。

その途中だった。

「ねえ、さっきの話だけど」

角を曲がると、先の方から聞き覚えのある声がした。
同僚の女性が二人、壁際で立ち話をしていた。

こちらに気づいていないのか、声はそのまま続く。

「クラ子、絶対なんかあるよね」

「だよね。あの先生が名前で呼ぶとか普通ないし」

「でも、よりによってクラ子とか、ありえないでしょ」

くすくすと笑う声。

逃げようとする前に、視線が合ってしまった。

「あ、倉田さん」

呼び止められ、足が止まる。

「さっきさ、なんで松澤先生に名前で呼ばれてたの?やっぱさ、気になるんだけど」

「松澤先生と、何かあるんじゃないの?」

軽い口調のまま、踏み込んでくる。
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