恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~

「……今、鳴きませんでしたか」

「聞こえた」

 雨音に紛れるような、弱々しい声。
 足元のほうだ。

 幸子はしゃがみこんで、軒先の暗がりを覗き込んだ。
 店先に置かれた植木鉢の陰、雨水が流れ込むぎりぎりの場所で、小さな影が震えている。

「あっ!」

 そこにいたのは、手のひらに乗りそうなほど小さな子猫だった。

 白に薄い茶色の混じった毛並みは、雨に濡れてぺしゃりと身体に張りついている。
 痩せた小さな体が寒さに震えていて、もう一度鳴こうとしても、かすれた声しか出ない。

「こんなところに……」

 幸子は思わず手を伸ばしかけ、けれど一瞬ためらった。
 不用意に触って母猫の匂いが消えたらどうしよう、という考えが頭をよぎったからだ。

 隣で松澤が低く言う。

「母猫が近くにいるかもしれない」

「そうですね……」

 二人で雨の向こうを見回す。
 細い路地の先、商店の軒下、積まれた段ボールの陰。
 けれど、それらしい姿はどこにも見当たらなかった。

 降りしきる雨の中、子猫はまた小さく「にゃあ」と鳴いた。

 その声に、幸子の胸が締めつけられる。

 今にも消えてしまいそうな、小さな命。
 放っておけるはずがなかった。

 
< 6 / 43 >

この作品をシェア

pagetop