恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
「……今、鳴きませんでしたか」
「聞こえた」
雨音に紛れるような、弱々しい声。
足元のほうだ。
幸子はしゃがみこんで、軒先の暗がりを覗き込んだ。
店先に置かれた植木鉢の陰、雨水が流れ込むぎりぎりの場所で、小さな影が震えている。
「あっ!」
そこにいたのは、手のひらに乗りそうなほど小さな子猫だった。
白に薄い茶色の混じった毛並みは、雨に濡れてぺしゃりと身体に張りついている。
痩せた小さな体が寒さに震えていて、もう一度鳴こうとしても、かすれた声しか出ない。
「こんなところに……」
幸子は思わず手を伸ばしかけ、けれど一瞬ためらった。
不用意に触って母猫の匂いが消えたらどうしよう、という考えが頭をよぎったからだ。
隣で松澤が低く言う。
「母猫が近くにいるかもしれない」
「そうですね……」
二人で雨の向こうを見回す。
細い路地の先、商店の軒下、積まれた段ボールの陰。
けれど、それらしい姿はどこにも見当たらなかった。
降りしきる雨の中、子猫はまた小さく「にゃあ」と鳴いた。
その声に、幸子の胸が締めつけられる。
今にも消えてしまいそうな、小さな命。
放っておけるはずがなかった。