恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
静かな時間が続く。
食器の触れ合う小さな音と、周囲の控えめな会話だけが、ゆるやかに流れている。
その中で、ふと松澤が口を開いた。

「普段は、どんなものを食べてる?」

唐突な質問に、幸子は少しだけ戸惑う。

「えっと……」

答えようとして、少し考える。

「普通の……家で作るものが多いです」

「例えば?」

「煮物とか、味噌汁とか……」

言いながら、どこか恥ずかしくなる。
この店の料理とは、あまりにも違いすぎる気がして、自然と声が小さくなった。
けれど、次に落ちてきた言葉に、思考が止まる。

「この前の煮物、うまかった」

「……え?」

思わず顔を上げる。
松澤は特に気にした様子もなく、フォークを動かしたまま続けた。

「優しい味がした。ああいうのが美味いんだ」

淡々とした口調。
けれど、その内容はほめ言葉だった。

胸の奥が、じん、とあたたかくなる。

「……あ、あれは……普通の家庭料理で」

慌てて言い訳のように返してしまう。
褒められることに慣れていないせいで、どう受け取ればいいのかわからない。

けれど松澤は、軽く首を振った。

「だからいい。こういう店の料理もうまいけど、倉田の作る飯のほうが、落ち着く」

静かに落ちたその一言に、呼吸が止まる。
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