恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
翌朝、病院の職員通用口をくぐった瞬間、幸子は足をわずかに止めた。
昨日と同じ朝のはずなのに、院内には落ち着かないざわめきが広がっていて、あちこちで交わされる声のトーンが、どこか浮き立っている。

理由は、すぐにわかった。
断片的に耳に入ってくる言葉が、すべて同じ方向を指していたからだ。

「松澤先生、理事長の娘さんと、縁談あるらしいよ」

「え、やっぱり?」

「外科の先生たちも知ってるって話だし」

噂は、誰か一人が話しているのではなく、院内全体に染み渡っているような、そんな空気だった。
幸子は何も言わず、そのまま更衣室へと向かう。

平静を装い、いつも通りを心掛けた。
ただ、胸の奥に、ほんの小さな波が立つ。

「デートしてるの見た人もいるんだって」

「もうほぼ決まりみたいな話らしいよ」

「そりゃそうでしょ。あの松澤先生だよ?」

「理事長の娘さんか……やっぱハイスぺだよね」

 
< 75 / 130 >

この作品をシェア

pagetop