恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
しばらくして、ゆっくりと立ち上がった。
向かいの席に座る同僚に「少し席をはずします」と声をかけ、トイレに急ぐ。

個室の鍵を閉め、そして、指を動かした。

『……いつも通りです』

それだけを打ち込んだ。

住む世界の違う人。
本当は、もっと距離を置くべきなのかもしれない。
けれど、自分から縁を断ち切るなんて、できなかった。

送信ボタンを押す。

すぐに既読がつく。
その速さに、胸がわずかに跳ねる。
間を置かず、次のメッセージが届いた。

『終わったら、外で待ってる』

「……え」

思わず、小さく声が漏れた。
視線が画面に釘付けになる。

外で待つ。

その意味を、理解するのに時間はかからなかった。
昨日と同じように、会うつもりなのだと。

ただ、来ることを前提にした言葉。
それなのに、不思議と強引さは感じなかった。
むしろ、拒まないとわかっているような、静かな確信があった。

胸の奥が、じんわりと熱を持つ。

困るはずなのに。
距離を取ろうと思っていたはずなのに。
その言葉に、ほんの少しだけ、安堵している自分がいる。

幸子はゆっくりとスマートフォンを閉じた。

 
胸の奥に残る迷いを抱えたまま、それでも確かに、何かが動き始めていた。

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