恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
あの夜のあと。
唇に残っていた温もりが、まだ消えきらないまま、松澤は「戻る」と一言だけ残して、病院へと引き返していった。
当直ではないはずなのに、呼び出しが入ったようだ。
理由を聞く間もなかった。
けれど、振り返らずに歩いていく背中を見送ったとき、幸子ははっきりと理解した。
先生は、そういう人だ。
どれだけ大切な時間の途中でも、誰かの命を助けるために仕事へ戻る。
それが当たり前で、特別でもなんでもないように。
翌朝、病院に出勤すると、空気がすでに張り詰めていた。
救急搬送が続いているのか、廊下を行き交うスタッフの足取りは早く、普段よりも声が低く抑えられている。
受付の前にも、どこか落ち着かない空気が流れていた。
幸子は制服に着替えながら、その気配を肌で感じていた。
そして、午前の外来が始まってしばらくした頃だった。
廊下の奥から、規則正しい足音が近づいてくる。
顔を上げるまでもなく、誰なのかわかる。
松澤克樹だった。
白衣のまま、足を止めることなく歩いていく。
その手にはカルテが数冊重ねられていて、松澤を待つ患者の元へ進む。
誰かに呼び止められても、短く要点だけを返す。
無駄がない。
隙もない。
昨日、自分に触れた人と同じとは思えないほど、徹底して“医師”だった。
ほんの一瞬、松澤の視線がこちらをかすめた気がした。
けれど、足は止まらない。
何も言葉もないまま、そのまま通り過ぎていく。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
寂しさではない。
むしろ、誇らしいと、思ってしまった。
彼が、”誰か”の命を救うため、迷いなく立っていること。
それが、どうしようもなく眩しかった。
同時に、思う。
明日は、大切な祖母が……。
彼の手で、命を繋ぐ手術を受けるのだと。
唇に残っていた温もりが、まだ消えきらないまま、松澤は「戻る」と一言だけ残して、病院へと引き返していった。
当直ではないはずなのに、呼び出しが入ったようだ。
理由を聞く間もなかった。
けれど、振り返らずに歩いていく背中を見送ったとき、幸子ははっきりと理解した。
先生は、そういう人だ。
どれだけ大切な時間の途中でも、誰かの命を助けるために仕事へ戻る。
それが当たり前で、特別でもなんでもないように。
翌朝、病院に出勤すると、空気がすでに張り詰めていた。
救急搬送が続いているのか、廊下を行き交うスタッフの足取りは早く、普段よりも声が低く抑えられている。
受付の前にも、どこか落ち着かない空気が流れていた。
幸子は制服に着替えながら、その気配を肌で感じていた。
そして、午前の外来が始まってしばらくした頃だった。
廊下の奥から、規則正しい足音が近づいてくる。
顔を上げるまでもなく、誰なのかわかる。
松澤克樹だった。
白衣のまま、足を止めることなく歩いていく。
その手にはカルテが数冊重ねられていて、松澤を待つ患者の元へ進む。
誰かに呼び止められても、短く要点だけを返す。
無駄がない。
隙もない。
昨日、自分に触れた人と同じとは思えないほど、徹底して“医師”だった。
ほんの一瞬、松澤の視線がこちらをかすめた気がした。
けれど、足は止まらない。
何も言葉もないまま、そのまま通り過ぎていく。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
寂しさではない。
むしろ、誇らしいと、思ってしまった。
彼が、”誰か”の命を救うため、迷いなく立っていること。
それが、どうしようもなく眩しかった。
同時に、思う。
明日は、大切な祖母が……。
彼の手で、命を繋ぐ手術を受けるのだと。